喘息だと思って病院に行ったら、20代でがんが見つかった話(アメリカ)

 

がんに気づいたきっかけ

 

5月の後半。結婚記念日もあり、
じぶんの誕生日でもある楽しい週のはずでした。

 

結婚1年記念日を迎える数日前、
深く息を吸い込むと、肺か気管支あたりに痛みを感じました。

 

喘息もちのわたしは、きっと喘息のせいだとは思いつつ
しばらく続いたので、アージェントケアに行くことに。

8ヶ月ほど前にも喘息の症状がでて、アージェントケアにいったので
データも残っていることで同じ場所で診てもらうことに。

 

血液検査、バイタルチェックなどを終えて、
レントゲンをとり40分ほど待っていると、
ドクターが渋い顔をしながら診察室に入ってきて
「レントゲン写真に、怪しい塊が見える。腫瘍かもしれない。」と。

しかも、肺の痛みがあった場所とは反対の場所。

 

エマージェンシールームに行くように言われたので、
大きな総合病院に向かうことに。

 

緊急入院をする

 

 

さまざまなドクターやナースに対応されながら6時間ほどが過ぎました。

この時期、コロナウイルスの対応で
病院はとてもいそがしそうでこの人たちが
最前線でがんばってくれているんだなと、とても近くで実感しました。

 

血液検査と肺のCTスキャンを撮り、
結果を待っていると二人のドクターがまたまた渋い顔で

「血液検査に問題はない。CTスキャンでも詳細がわからない。
がんの可能性、とそうでない可能性と両方ある。
バイオプシー(生態組織採取)をするのでこのまま入院しましょう。」
と言いました。

 

初めての結婚記念日に、アメリカで、
生まれて初めて入院を経験することになりました。

すでに夜中の12時でしたが、入院して朝一で生検をすると
急に言われてなんの準備もなかったので戸惑いました。

 

しかも、コロナの影響で付き添いが禁止だったので
夫はそのまま帰らなければならず、とても心細かったです。

 

入院中、4時間おきにバイタルをはかりにナースが来てくれました。

自分としてはいたって健康なのに、バイタルセンサーが体にずっと繋がれ
カテーテルが腕にある状態で、それだけで病気になった気持ちでした、、が
いつでも何かあれば呼べる!という安心感があったので気楽に過ごしました。

 

夫が早朝に荷物を届けてくれ、担当のナースが代わりに
受け取って病室に持ってきてくれたので助かりました。

 

バイオプシー(生検)をする

 

前日の夜に、朝一でバイオプシーを行うと言われて
とても不安でこわかったです。

バイオプシーとは、針などを使って組織を採取し
検査をすることです、が局所麻酔と聞いていたので
意識のある状態で胸に穴を開けられると考えると緊張しました。

 

アージェントケアに昼過ぎにいってから、
ほとんど何も食べてない状態だったので

夜中にグラハムクラッカーとコップ一杯の水をもらったあと、
その後一切飲食禁止だったのがとてもきつかったです!

 

朝方に脱水症状?で、気持ちわるくなってナースに言いましたが
水を飲むことも禁止なので、水なしでなんとかたえました。

ナースがバイタルは大丈夫そうだよ、と言って
着替えさせてくれ、少し落ち着きました。

 

朝にバイオプシーのために運ばれて、
ドキドキしていましたが

「今からねむーくなる薬を入れますよ〜
起きてようとしなくていいからね」と言われ
気づいたら終わっていました。

 

特に痛みもなく、意識がもどったときは
うとうとして気持ちがいいくらいでした」。

 

日本だったら、局所麻酔のところを
全身麻酔にしてしまうアメリカ大好き!と
思ってしまいました(笑)それだけで、ストレスフリーです。

 

 

腹部のCTスキャンも受ける

 

転移がないか調べるために、腹部のスキャンもとることに。
もうこの検査をする時点で、がんの可能性高いんだな、とは思いましたが、、

 

CTスキャンの前に、ランチ休憩。バイオプシーで空腹だったので
ナースがくれたマフィンが余計に美味しく感じました、、

 

それと一緒に造影剤を二本飲むように言われました。

「なんだ、水じゃん!」と思って
ごくごく一本飲み干したところで気分がわるくなりました。

何度もナースが「きついと思うけど、頑張って飲んでね!」と
確認しにきてくれたのですが

「胃が受け付けなくて、飲めないんです」と言うと

「氷入れて冷やす?ジンジャーエールと一緒に飲む?
ミント持ってこようか?」
といろいろと試させてくれました。

 

しかし、普段は気持ちわるくなっても
決して吐かないわたしなのに、本当に体が受け付けず、
吐き出してしまいました。

 

そこでナースがやっと「飲まなくていいよ」と言ってくたのが
この上なくうれしかったです(笑)

 

この造影剤のせいで、
腹部CTスキャンは一生できればやりたくないです!

 

スタッフがみんな優しい病院

 

今回の入院、実はすごく快適でした。

 

アメリカってどの仕事もそうだと思うんですが
細かく担当と役割が分かれているぶん、
スタッフの数がすごーく多いですよね?

病院では、今まで関わったことのない
膨大な人数のスタッフと関わりました。

 

車椅子やベッドで病室から検査室まで
運んで入れる人、掃除の人、食事係の人。
ナースやドクターも何人会ったか分からないほどさまざまいました。

 

出会う人ひとりひとりが本当に優しく気にかけてくれて、
そのおかげでたった1日の入院でしたが
快適に過ごせたことにすごく感謝しました!

 

特に、担当してくれたベトナム系のナースが
すごくいい人で、気さくだったのが救いでした。

 

病院は、決して楽しい場所ではないですが、
こういった方々のおかげで
ある意味いい思い出になりました、、!

 

ちなみに、わたしがお世話になった病院はInova Fairfax Hospitalです。
アージェントケアでERに行きなさい、と言われたときに
夫が気を利かせてどこの病院が評判がいいのか
聞いてくれ、先生が勧めてくれた病院でした。

 

近くに他の病院もあったけれど、
わざわざ先生がFairfaxと言ったのには
理由があったと思います。

 

もしDC付近や北バージニアで病院を探しているかたがいれば
Inova Fairfax Hospitalをおすすめします!

 

ちなみに、英語が母語ではないと伝えると
翻訳サービスが必要かどうか聞かれました。
病院は日本語でも分からないような単語にあふれているので
「あればほしいです!」と言ったのですが、

 

Inovaの病院自体には韓国語、中国語、タガログ語などは
あるのに日本語だけなかったのです‥!
アフリカのマイナーな言語などには対応しているのは
さすが北バージニアの移民に合わせているんだな〜と思いました。

北バージニアは本当に日本人少ないですもんね。

 

アメリカでは全ての人が母語で医療サービスを受ける権利があるので
外部のサービスを使うことはできると思います。

 

でも意外と心配しなくても、医療関係の人は飲食店の
店員さんよりもわかりやすい英語で話してくれますよ!(笑)

おかげさまであまり困ったことはないです。

 

検査結果を知らされる

 

検査結果を聞いたのは誕生日の次の日でした。
外出先で突然電話が来ました。

幸い、夫がいっしょにいて、頭がまっしろだったわたしの横で
メモをとってくれたので冷静にあとで整理することができました。

 

病名は、悪性リンパ腫の中の「ホジキンリンパ腫」と言う種類です。
若年層と中年層に多い病気だそう。

 

血液のがんで、わたしの場合は自覚症状がありませんでした。
初期症状で、しこりに気づくことがあるそうですが、
それもなかったので余計に実感がありませんでした。

 

入院する数日前に感じていた肺の痛みは、すぐに消えました。
実はそれはなんだったのか、何にも言われていないのですが、
それはがんではなく、喘息の症状だったのだと思います。

 

入院中にも何度も聞かれましたが、
全身症状として現れることのある
「発熱、体重減少、大量の寝汗」もなかったです。

 

とてもうれしかったのが、この病気は治ると
何度も言われたことです。抗がん剤がすごく効きやすい病気だそうです。

 

ホジキンリンパ腫は、まれな病気で、原因もあまりわかっていないそうです。
人一倍健康に気をつかっていた自分にとって
この若さでがんになることは想像もできず、ショックは強かったです。

 

しかもアメリカに来て、一年。
もうすぐビザが取れて新しい生活が始まろうとしている時でした。

しかし、これを機に心も体も一層健康になろうとじぶんに誓いました。
約4ヶ月の治療。がんばって治して、人生のひとつの経験にしたいと思います。

 

20代で悪性リンパ腫になった経験、アメリカでのがん治療についてなど
これからシェアしていけたらと思います。

 

 

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